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市川崑監督 「鍵」 1959 感想

市川崑監督 「鍵」 1959 感想

中村鴈治郎の最高傑作

二代目中村鴈治郎は、上方歌舞伎の名優であり、人間国宝だが、1960年前後の数年間、主に大映で映画にも出演している。この時期は大映の黄金時代であり、勝新太郎、市川雷蔵の二枚看板が覇を競い、市川崑や増村保造が、芸術的野心を鋭く実現させていた。

鴈治郎はこれら大映作品で、古き関西人の軽みと洒脱を体現してみせ、作品の品格を押し上げた。主演作といえるのは、小津安二郎監督の2作「浮草(1959)」、「小早川家の秋(1961)」と本作だろう。

小津作品2作での重厚かつ軽妙な関西人ぶりも素晴らしいが、本作では、そこをベースにしながら、もう一歩複雑な人物造形を見事に成功させている。「浮草」でも夫婦役を演じた京マチ子とのコンビネーションも、いかにも妖しく、京都人の面妖な精神世界を垣間見せてくれる。

「炎上(1958)」「ぼんち(1960)」「破戒(1962)」等の市川作品の助演も素晴らしいが、「鍵」こそが、映画俳優、二代目中村鴈治郎の最高傑作である。

京都人の面妖な精神世界

京都の人は排他性が強く、なかなか本心を表さない、と良く言われる。おっちょこちょいな熱血漢は、京都人に蔑まれるとも。シンプルに自分の意志に従って生きるのではなく、周囲との関係性を批評的に洗練させることを粋とする文化。その精神性の奥底には、複雑怪奇な人間性をも、隠し持っている。

「鍵」の鴈治郎は、高名な美術鑑定家である。美しい妻(京マチ子)を持ち、京都の邸宅で優雅に暮らしているが、性欲の衰えを気にし始めている。そこで、娘(叶順子)の婚約者候補である医師(仲代達矢)と京の不倫関係を画策し、嫉妬による性的昂奮によって若さを取り戻そうとする。

仲代は、地方出身の若きインターンだが、鴈治郎の主治医である浜村純の弟子筋にあることから、鴈治郎一家と親交を結ぶようになり、適齢な叶との交際の公認を受ける。しかし、仲代の目的は鴈治郎の財産と名声である。医師として開業し、地域の名士に成り上がることを望んでいる仲代には、器量の良くない叶との恋愛など、踏み台に過ぎない。むしろ京のほうが女として魅力的であるし、不倫のスリルも味わえるが、それとて、夫妻の妙な嫉妬ゲームに付き合ってあげているといえば、それまでだ。

叶は、仲代に惚れてはいるものの、出世のことしか頭にない俗物ぶりに辟易もしている。父と母の爛れた嫉妬関係に自分も巻き込まれていることを、冷徹に受け止めているフリをしているが、そこまで面妖な精神の持ち主ではない。

京は、もしかすると4人のなかで一番無邪気なのか。率直に夫を愛し、尊敬もしている。あまり朗らかではない娘への愛情も厚い。家族を大事に思っているし、家柄も大切にしたい。油断のならない存在である仲代だが、まずは好青年として受け入れているうちに、色恋の仲ともなってしまう。

京都の滋味深い路

現在の京都も、滋味深さを残している。路地を曲がり、小路を歩くと、古き建物も残存しているし、新しく建て替えられた商家なども、古き時代を眺望している。永い時の流れと歴史は、じっくりと刻まれ、滋味深い養分を与えている。

例えば、札幌と比較してみる。すすきのあたりの路地には、歴史の沈殿がまだ少なく、場末の淋しさが拭い難い。そんな裏淋しさと表層の明るさの混交が、札幌という街の魅力ではあるのだが。

1959年の京都の街並みが、稀代のモダニストである市川崑によって、カラーフィルムで撮影され、映画作品として残されていることは、大いに祝福しなければならない。鴈治郎が自宅へ向かう路。長く続く塀との間に小川が流れている。高瀬川だろうか。市電天王町を降りた鴈治郎は、この川沿いの路をヒョコヒョコと歩く。映画ラストでは、この路を霊柩車が通ることともなる。

この路を鴈治郎と京がすれ違うシーン。帰宅途中の鴈治郎と外出する京。互いに何の用件なのか聞きもしない。「ええ気持ちや」と宣う鴈治郎は、京に小遣いを渡す。日常勤労していない有閑階級。この金は、浮気の奨励金だ。妻の浮気相手は、若く、金を持っていない。

仲代は、叶と逢引きするとき、大阪の旅館へ行く。叶は、両親のもとを離れて、車で15分程度のところに下宿する。東京という大都会で暮らしていると感覚が麻痺するが、京都という都会は、それぐらいのサイズ感なのだ。

突っ込みを入れる、清潔な女性たち

4人の魑魅魍魎たる世界。主に鴈治郎の自宅にて、様々な感情の縺れを互いに弄ぶ光景が繰り広げられる。やがて、鴈治郎の病状悪化に伴い、外部の空気がこの邸に入り込む。婆や(北林谷栄)が按摩(菅井一郎)を呼ぶ。次いで看護師(倉田マユミ)が呼ばれる。倉田は、質実な人物であり、質素な健康を求めているので、この家の淀んだ感情の縺れに嫌悪感を催す。

そうした空気を無意識に差配するのが北林だ。召使である北林は、家人にも、外部の存在である仲代にも、歯牙にもかけられていない。愚鈍な婆やとしか見られていないのだ。しかし、決して頭の良くない北林が、自然に持っている清潔な感覚が、魑魅魍魎の世界の不潔さを観客に呼び起させる。

鴈治郎の病死後、北林は残った3人を毒殺する。事態はある意味清潔な団円を迎えるのだ。警察すら、愚鈍な召使を歯牙にもかけず、殺意を疑いもしないというところも、小さな痛快を呼ぶ。

市川崑のスタイリッシュな映像美

しかし、「鍵」はフランス映画のごとく、どろどろとした官能映画ではない。市川崑の主眼は、あくまでヴィジュアルにあるのだ。古い歴史を持つ都市に住む人々の、複雑に荒廃した精神性の戯れ、といったような抽象世界は、この映画の第一義ではないのだ。

例えば、瓦屋根。ところどころ崩れ落ちそうな壁土。日本家屋の狭い廊下の遠近感。浴槽の白けたタイルと柔らかい湯気。病気が悪化しそうな、暗い病院の診察室。古都にゆったりとした心拍を与える市電の停留所。

同時期のパリを活写したのが、例えばゴダールだ。「勝手にしやがれ(1960)」では、歴史を重ねた街が、往年の面影を残したまま、20世紀のスノビズムと刹那主義の舞台として、輝きを放った。

ここでは圧倒的に、街路が描かれる。カフェテラスを舗道に持って尚広い大通り。自動車も人も颯爽と歩き、一瞬たりとも過去を振り返らない。米国のポップさを吸収して、更に洗練の強度を増したパリの街路を闊歩するのは、ジャン=ポール・ベルモンドでなければならない。パリから、旧来の意味性を颯爽と剥奪したゴダールとヌーベルバーグは、永遠に映画史に輝くだろう。

それに比して、和服にマフラーを巻き、ヒョッコリと狭い京都の街路を歩く中村鴈治郎こそ、わが国の手弱女を象徴するアイコンだ。日本の精神性は、必ずしも強靭さや独創性を貴ばない。

日本は、四方を海に囲まれているせいで、民族の死活問題となるような外敵が少ない。内向きな精神性は、荒々しい攻撃性よりも、微細な洗練を志向する。「粋」や「お洒落」以上に「可愛い」という言葉こそ、日本語と日本人の精神の嗜好を端的に表している。

そう、中村鴈治郎は「可愛い」のだ。美術品を鑑定する彼自身こそが、関西の伝統の洗練を全身で体現している。戦勝国米国の意匠をそれ程大胆に取り入れるでもなく、自然に二十世紀中盤に洗練の頂点を迎えている京都という都市と、その空気を全身で象徴する中村鴈治郎。

ヴィジュアリスト市川崑は、最高の被写体をシャープに映像化することに成功したのだ。

ABOUT THE AUTHOR

佐々木 隆行
佐々木隆行(ささきたかゆき)

1969年生まれ。広島県出身。青山学院大学中退。IT企業勤務。
最初の映画体験は「東映まんがまつり」。仮面ライダーがヒーローだった。ある年、今回は「東宝チャンピオンまつり」に行こうと一旦は決意したものの、広島宝塚へ歩く途中に建っていた広島東映「東映まんがまつり」の楽し気な看板を裏切ることが出来なかったことを痛切に覚えている。

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