シネマ執事

ティッシュみたいだね 映画って

井坂聡監督 「g@me」 2003 感想

井坂聡監督 「g@me」 2003 感想

ウェルメイド

良い映画には、2種類ある。芸術作品とウェルメイドなエンタテイメントだ。芸術作品には、映画監督の創造の魂が刻まれる。やむにやまれぬ表現欲求を持つ映像作家は、観客を楽しませる前に、自分が救われるために作品を創る。ウェルメイドな映画を撮る監督は、観客のことを第一に考える。特定の映画マニアではなく、一般の観客が楽しめる映画。楽しんでもらうためには、職人の工夫が各所に施され、俳優が活き活きと躍動していなければならない。「g@me」は、掛け値なしに、ウェルメイドなエンタテイメントだ。21世紀初頭の日本映画に、これほど素晴らしい作品が残された事実を寿ぎたい。

偽装誘拐をめぐるミステリーに、美男美女のラブストーリーが絡まる。稀代のストーリーテラーである東野圭吾の原作を大幅に改編して、更に複層的な謎解きは、何度もどんでん返しで裏切られる。私は何度もこの映画を観て、細部の謎解きまで理解しているつもりだが、何度観ても楽しめる。

誘拐されるのは仲間由紀恵、誘拐するのが藤木直人。偽装誘拐を仕向けるのが、仲間の父親の石橋凌。藤木は広告代理店のクリエイターで、クライアントの副社長である石橋が藤木の渾身の企画を却下したところから、ストーリーは展開する。

仲間由紀恵の美しさ

40歳となった今でも充分に美しい仲間だが、「g@me」には、彼女の美しさの絶頂期が、魅力的に刻まれている。家出した大学生の仲間は、行き場もなく、成りゆきで藤木のマンションに泊まる。藤木に突っかかってばかりいる仲間だが、偽装誘拐の計画を一緒に実行するうちに、二人の息があっていく。自信家で行動力のある藤木に、父の面影を見る仲間は、いつしか藤木に恋心を抱く。

横須賀の海岸で、仲間は自らその思いを行動に移す。若さと美しさに恵まれた女性は、躊躇などしない。藤木にしても、女に惚れられるのは当然なのだろう。ここには、おどおどした初々しさも、ガツガツした性欲の露呈もない。選良たちのラブシーンは、ごく自然に遂行される。

セックスシーンの直後、身代金授受の計画を実行に移す、キビキビとしたシーンに切り替わる。性的に結ばれて、仕事の共犯者としての結束力も強まったわけだ。しかし、仲間の心のうちに、拭い難い影が忍び寄ってくる。身代金授受が成功すれば、藤木との別離が待っている。秘密がバレない為に、二度と会ってはいけないのだ。

ウェルメイドな恋愛

芸術作品の映画では、恋愛はもっと複雑に、生々しく描かれる。男女の打算や怠惰、残酷、嫉妬は、爛れた痴態を招いたりもする。腐れ縁の男女は、くっついたり離れたりを繰り返す。成瀬巳喜男監督「浮雲(1955)」、吉田喜重監督「秋津温泉(1962)」の未練たらしさといったら。ウェルメイドな映画では、恋愛もウェルメイドに描かれる。恋はあまり長く続いてはならない。偽装誘拐の終了と同時に二人が別れるのは、当然の筋書きだ。

しかし、ここはまだ起承転結の「承」の段階だ。謎解きのミステリーにしても、もう一波乱欲しい。この後藤木が仕掛ける逆襲のトリックが、呆然と過ごす仲間の心を鷲掴みにする。そして当然のごとく、心を奪われる。ここが「転」の段階だ。「承」までの仲間は、石橋の絶対権力の庇護下にいる。藤木にしても、誘拐のついでに惚れられたから、抱いたまで、とも言えなくもない。

広告の企画を土壇場で却下され、誘拐の偽装にも利用された藤木は、ここで石橋に対する逆襲の勝負に出る。この勝負は、父親の庇護下にいる娘を本格的に奪うことにもなるのだ。藤木は勝利を収め、仲間は陥落する。どんでん返しの二転三転は、恋愛模様もジェットコースターのごとく、ドキドキハラハラさせる。日常化した恋愛は、映画には要らないのだ。

女性の青春映画

「g@me」は東京を舞台にしているが、藤木の会社やマンションなど主要な場所はほとんど港区だ。誘拐計画の遂行場所として、東京芸術劇場の長いエスカレータや、品川インターシティの回廊が印象的だ。

石橋の自宅は、恐らく田園調布だろうか。そうであれば、仲間が塀を乗り越えるシーンは、間違いなく、根岸吉太郎監督「探偵物語(1983)」のオマージュだろう。少し勝気だが、世間知らずのお嬢様女子大生。遠くへ行かなければならないことが決まっている束の間、30代の男に恋をする。有体に言えば、男にとってこんな都合のいい状況はない。松田優作も、藤木直人も惚れてはいるんだろうけど、日常化したくはなかった筈だ。

女にとっては、大人になるための通過儀礼。しかし、その後には、不確定な未来が待ち受けている。だからこそ、この一瞬のときめきに身を投げ出したい。しかし、女はそうはしない。現実を見据えて力強い一歩を踏み出すエンディングは、二つの映画に共通している。

薬師丸ひろ子も仲間由紀恵も、友人の多いタイプではない。自分に正直に生きたい、と思っているが、他を抜きんでるほど感性が鋭いわけでもない。勝気なところはあるが、女性らしい優しさを素直に持っている、魅力的な女性だ。そんな彼女たちの成長の物語。古今東西の青春映画では、悩める若者の主人公は男性が務めてきたが、二人の素晴らしい女優によって、女性の成長を刻む青春映画が二本、燦然と輝いている。

ウェルメイドな洗練

松田優作唯一の映画監督作品「ア・ホーマンス(1986)」にて、俳優に転身した石橋凌は、主にアウトローの脇役として、キャリアを順調に積み上げた。「キッズ・リターン(1996)」「BROTHR(2001)」等の北野武作品も印象深い。そのなかでも、「g@me」で見せたエリートの冷徹さと、父権の優しさは、絶品だろう。

石橋は、ビール会社の経営者一族に産まれ、順調に副社長に上り詰めている男だ。仕事に絶対の自信を持っていて、冷徹に合理的な判断を下す。社内に絶対的な権力を掌握しており、誰も反論できない。ここでポイントなのは、叩き上げではないところだ。小説や映画は、こうした強権的な人物を、貧しい出自として描きたがる。幼い頃から苦労して、反骨精神を獲得したからこそ、現在、頑固な独裁者となっているという筋立てだ。叩き上げの権力者が、苦労知らずで経験の浅い若造を、崖から突き落とすといった構図だ。

しかし、どうやら藤木こそ、貧しい家の産まれらしい。私は格差社会が広がっているといった論調を疑問視している。貧しく育っても、才覚と意欲と運があれば、豊かな生活を送るほどの収入を獲得することは可能だ。藤木は、大手広告代理店のエリート社員で、港区の豪華なタワーマンションに住んでいるが、苦心惨憺を嘗め尽くした、怖い顔つきをしているわけではない。苦労知らずのお坊ちゃまのような甘いマスクと身のこなしだ。石橋のほうが、よほど強面だ。

こんな二人の知恵比べの「g@me」は、洗練されている。お互いに恨みがあって戦っているのではなく、どうしても金が必要だというわけでもない。互いの知力を競い合う「g@me」なのだ。そしてそこに、最愛の娘であり、恋人である仲間由紀恵が重要なポジショニングで絡んでくる。

舞浜のホテルで迎える大団円。「帰るぞ」と娘に言う石橋。しかし、仲間の心は、一度は疑った藤木の愛情への喜びに満ち溢れる。藤木に抱き着く仲間。黙って立ち去る石橋の表情に、父権の洗練された優しさが滲む。

まるで、往年のハリウッドのような構成。ビリー・ワイルダーの洗練が井坂監督の脳裏にはあったのかもしれない。

ABOUT THE AUTHOR

佐々木 隆行
佐々木隆行(ささきたかゆき)

1969年生まれ。広島県出身。青山学院大学中退。IT企業勤務。
最初の映画体験は「東映まんがまつり」。仮面ライダーがヒーローだった。ある年、今回は「東宝チャンピオンまつり」に行こうと一旦は決意したものの、広島宝塚へ歩く途中に建っていた広島東映「東映まんがまつり」の楽し気な看板を裏切ることが出来なかったことを痛切に覚えている。

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