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ビートたけし監督 「みんな~やってるか!」 1995 レビュー ネタバレあり

ビートたけし監督 「みんな~やってるか!」 1995 レビュー ネタバレあり

【世界一くだらない傑作】

くだらない。完璧ににくだらない。シリアスで抽象的な映画を4本撮ったのは、このオチのためだったのか。ショートコントを連打する構成だが、シニカルに辛口のギャグとか、ほっこりとした笑いを誘うユーモアとか、都会的なウィットなど一切ない。ただただ低俗、完全なバカ。

ダンカンがVシネマを観ている。オープンカーの男がボディコンの女をナンパしてカーセックスしている。鑑賞後、早朝の鶏鳴にダンカンが決意宣言する。「オープンカーでカーセックスするぞ!」。意味はない。ヤリたい、それだけだ。

車を買ったダンカンは、早速ナンパを始める。後ろ姿のOLの腰つき、バス停に立つキュートな女子大生。当然ナンパは成功しないのだが、選球眼は素晴らしい。妄想に出てくるCAもかなりの美乳だ。

エロとお笑いの相性を知り尽くしたたけしは、映画序盤で早くも、モテない男の心を鷲掴みにする。街でいい女を見かけると、妻や彼女と比較してしまう。テレビに出ているタレントや女子アナ。顔や身体のエロい女はワンサカいる。しかし、女子アナとはセックスできない。女の内面などどうでもいいんだよ、とにかくヤリたい。でもヤレない。かくして、カーセックスのための愚行は、正当化される。

観客は、裏側も想像するだろう。OLや女子大生なんか、たけしだったらヤリ放題でしょ。つーか、監督と端役の女優じゃん。ダンカンでさえ、おこぼれに預かってるだろ。何が、「みんな~やってるか!」だ。

チープな日常描写

コントには、背景となる日常の描写が重要だ。カーナンパのパートは、空き地だらけの有明あたりを舞台に展開される。現在でもまだ、有明は寂しい。東京ビッグサイトやZeppTokyoができても尚、人の気配が希薄だ。90年代の有明は都市博中止が象徴するように、もっと空き地だらけだった。

そんな場所にOLや女子大生がいるわけない。単にロケしやすかっただけなのだろうが、微妙に近未来な非日常を、強引に日常だと言い張る大雑把なセンス。低予算とタイトなスケジュールで、速攻やっつけたのだろう。

銀行強盗のパートでは、安っぽい銀行のセットにドリフテイストが漂う。強盗の試行錯誤は「もしものコーナー」のオマージュか。課長と女事務員のチープな存在感と演技は、お約束をキッチリ踏襲しており、高度な抽象世界の桃源郷に観客をいざなう。

映画撮影所のパートでも、コントだけに存在する世界が展開される。たけしは、北野組の撮影現場を描くことはしない。ベースはあくまで、昭和のテレビで放送されてきた、コント上での撮影所だ。たけしは、そんな昭和コントも、北野組の創造の場としての撮影所の価値さえも、躊躇なく叩きつぶす。「映画ごときに真剣になってんじゃないよ、バカ野郎。」ということだ。

結城哲也、絶世の名演

結城哲也のパートだけは、マジだ。絶妙な可笑しみを発する、結城のキャラクターを、切れ味鋭く演出することに専念し、見事な成果を収めている。はまりまくった結城の突っ込みは、どこまでが北野脚本で、どこからが結城自身の素なのか。自身の出自ではない上方のお笑いのノリを巧みに演出した力量は、さすがとしかいいようがない。大勢の子分を従え、堂々とアホなヤクザの親分を演じる結城。この圧倒的な存在感の前では、ダンカンなどただの素人だ。

ヤクザ映画の膨大な蓄積から引用しているのだが、実はヤクザ映画の直接引用ではなく、ヤクザ映画を引用したコントからの引用だ。もっと正確にいうと、Vシネマは、逆にヤクザ映画コントを引用している。引用は何層にも引き継がれ、オリジナルのエッセンスはとうに失われている。「お約束」だけが、伝統芸として継承されているのだ。「お約束」は陳腐であればあるほど、魅力を発揮する。陳腐な「お約束」を馬鹿にすることが、最も安定感の高いエンタテイメントとして機能するからだ。

「お約束」は抽象化され、リアルでないほうが望ましい。雑なセリフ、雑な人物造形、雑なセット造形こそが、演劇の洗練の粋なのだ。本作では、例えば子分どものアホっぽさが、かなり雑に描かれているが、結城の完成されたアホさと絶妙な対称を描き、秀逸な演出として高い完成度を獲得している。

たけし助演によるクロージング

最終パートで、たけし自身がようやく登場する。全日本透明人間推進協会には、会長のたけしと助手の芦川誠しかいないのだが、この疑似漫才コンビが小気味よく躍動する。研究室のインチキな機器を精密なタイム感で誤操作する芦川。たけしの突っ込みは、あえて、切れ味ぬるめだ。透明人間になったダンカンを追って、女風呂、ラブホ、AV撮影現場をかきまわす。「エロ」と「撮影」という重点概念を小さく反復し、ラストスパートへの助走を加速する。

壮大な物語は、川崎球場で大団円を迎える。小林昭二率いる地球防衛軍が、ハエ男に変身したダンカンの迎撃作戦を敢行する。糞で球場におびき寄せて捕獲する作戦だ。東宝ゴジラ映画は、国家の危機に立ち向かう軍隊の献身を賛美したが、左右のスタンスを慎重に避けて来たたけしは、ここでは軽い揶揄に留めている。

「エロ」をベースに「ドリフ」「上方お笑い」「映画撮影所」「ヤクザ」「地球防衛軍」。エンタテイメントの定番要素を鏤めた、痛快娯楽作。「キタノブルー」に感動した外国人は、さぞかし驚いただろう。しかし我々日本人は、たけしが、くだらないお笑いを散々やっていたことを知っている。「笑ってポン!」「 OH!たけし」「学問ノススメ」あたり、80年代中期TBSの質感だ。基礎知識を持っている我々が参照の愉しみを味わうのは、この上ない贅沢なのだが、映画監督北野武しか知らない外国人にも本作を評価する声は多い。これは、お笑いの帝王、ビートたけしが4本の映画監督経験を活かし、満を持して得意分野を撮った、などというものではないからだ。

 「みんな~やってるか!」は、演劇や芸能、映像表現の進化の系譜を黎明期からなぞって、その歴史の推移を表現している。しかし、その膨大なアーカイブをリスペクトなどせず、唾棄している。唾棄してみせたその瓦礫の上で、再度ダンカンが圧倒的チープさで系譜をなぞる。このレベルの低さは、無意味の極限だ。ダンカンの無表情なバカ面は、脱力した破壊力で全ての価値を無意味化する。その最果てに、ユルい虚無を完成させているが、「みんな~やってるか!」なのだ。

北野武の集大成はいかに?

「アウトレイジ(2010)」以降、王道のエンタテイメントに回帰し、久々に高い世評を得た北野武は、既に18本の監督作品を残している。そのフィルモグラフィーには、豊かな多様性に溢れた諸作が、燦然と輝いている。前衛から王道、暴力と含羞、寡黙なスピード感。北野の雑食気質は自ずと豊穣な多様性を残したが、どのアプローチからも抗いがたい虚無への憧憬が漏れ出している。虚無との戯れは、痛い程の先鋭性を帯び、その痛点は、世界映画史上最高峰の水準を超えた。

「その男、凶暴につき(1989)」で登場して既に31年。映画史上屈指の巨匠の31年間をリアルタイムに体感できたことは至上の喜びだが、73歳となった北野がこの後、何を撮るのか。逃さず目に焼き付けなければならない。

ABOUT THE AUTHOR

佐々木 隆行
佐々木隆行(ささきたかゆき)

1969年生まれ。広島県出身。青山学院大学中退。IT企業勤務。
最初の映画体験は「東映まんがまつり」。仮面ライダーがヒーローだった。ある年、今回は「東宝チャンピオンまつり」に行こうと一旦は決意したものの、広島宝塚へ歩く途中に建っていた広島東映「東映まんがまつり」の楽し気な看板を裏切ることが出来なかったことを痛切に覚えている。

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