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ティッシュみたいだね 映画って

川島雄三監督 「しとやかな獣」 1962 レビュー ネタバレあり

川島雄三監督 「しとやかな獣」 1962 レビュー ネタバレあり

大映黄金期

 1962年。大映の黄金期は爛熟していた。市川崑は、ドライなヒューマニズムを切れ味鋭いカッティングで映像化した。増村保造は、日本的な情緒を忌避し、傍若無人な欲望を礼賛した。市川雷蔵は、伝統演劇の様式美を端正な虚無に変換し、映像の中で妖しく蠢いた。勝新太郎は、豪放磊落な偶像を虚実交えて体現した。

 大映だけではない。時代劇の東映、ホームドラマの松竹、サラリーマン喜劇の東宝、無国籍アクションの日活。映画会社は独自の作風を確立し、強固なテンプレートで作品を量産した。溝口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男、木下恵介、黒澤明。巨匠は、芸術的創作に没頭し、日本映画の世界的評価は高まった。しかし、1960年代中盤以降、作品の質も、興行成績も、急速に降下していくこととなる。

 川島雄三は、松竹に入社後、日活、東宝と渡り歩き、晩年に若尾文子主演の3本を大映で撮った。日本軽佻派を自称、露悪的な態度で、大酒をくらい、散財三昧の生活を送った。「しとやかな獣」は川島が45歳で亡くなる前年の作品であり、若尾とのコラボレーションが絶妙に機能した、傑作である。

晴海団地とエンタテイメント業界

 晴海団地は、東京都中央区に平成初期まで存在した公団住宅である。跡地には、大規模複合施設であるトリトンスクエアが建っている。この晴海団地の一室に、中年の夫婦(伊藤雄之助/山岡久乃)が住んでいる。娘(浜田ゆう子)は小説家(山茶花究)の二号になっており、息子(川畑愛光)は芸能プロダクションに勤めている。伊藤は無職で、軍人恩給しか収入がない。浜田が山茶花から貰う少なくない小遣いと、息子が芸能プロからくすねてくるあぶく銭が、家計を支えている。浜田や川畑の稼ぎの手管は、伊藤が半ば指示しているのだが、大人しく従う子供たちではない。二人とも勝手気ままに遊び暮らしている。

 ここには、エンタテイメントが戦後の興隆業種として、莫大な利益を上げ始めていた時代背景がある。儲け始めた業界に、国税や法律はまだ充分に目が届いていない。小説家も芸能プロの社長(高松英郎)も、大いに公私混同して私腹を肥やしている。どんぶり勘定の彼等に食いつけば、いい稼ぎになる。モンキービジネスが一般大衆から巻き上げた金が、経済成長の一端を支えていたのだ。偽善的な自粛によって死者は減るが、国民の懐はしぼんでいくだけだ。むしろ膨大な死が、若々しい活力を産み出すことを、戦後という時代が既に証明している。

 映画は、晴海団地の狭い部屋だけで展開する。山茶花や高松、ジャズシンガー(小沢昭一)、芸能プロの会計係(若尾文子)、税務署の元職員(船越英二)などが訪れ、裏金をめぐって浅ましく口論する。誰しもが、金儲けの為に手段を選ばない。この争奪戦に勝利するのは、若尾文子だ。若尾は、芸能プロダクションの経理担当として、金の動きを掌握している。高松とも船越とも川畑とも関係し、彼等から金を巻き上げている。若尾こそ、「したたかな獣」なのだ。

真摯な悪女

 1951年に入社した若尾文子は、大映の黄金時代を艶やかに飾った看板女優だ。清楚な日本女性の内奥に潜むしぶとい情念を演じた。「氾濫(1959)」「からっ風野郎(1960)」「妻は告白する(1961)」「『女の小箱』より 夫が見た(1964)」「華岡青洲の妻(1967)」などの増村保造監督作品に多く出演した。

 「したたかな獣」の若尾は、小気味よく愚かな男どもを手玉に取る。高松は、外タレの招聘などに尽力している、業界の切れ者だ。若尾に経理処理の仕事をさせながら、手を出したまではよかったが、本気で惚れてしまった。川畑は、モラルなど全く考えていない、不良青年だ。両親にも平気で悪態を突く。会社の金をちょろまかしたり、山茶花の原稿料を勝手に出版社からせしめたり、やりたい放題だが、そんな金のほとんどを若尾につぎ込んでしまう。船越は、若尾から納税金を領収するが、あろうことかその金をまた若尾に渡してしまう。どいつもこいつも、一人として額に汗して労働などしていない。目前のあぶく銭と女の色香にフラフラしているだけだ。

 若尾は、確固たる意志で金をかすめ取っている。旅館を建てて、独立するのが彼女の揺るぎない目的だ。彼女にとってセックスは金のための手段、金は独立のための資金であり、真摯に自分と5歳の息子の人生を見据えている。世間知としたたかさに長けているが、騙し合いの世界に埋没しない、気丈な女。聖と俗の両面を併せ持った姿は、川島雄三の理想の女性像なのだろう。

手練れの演技者たち

 伊藤雄之助の独特な容貌。ヌメッとした声も相俟って、一癖ある人物にしか見えない。増村保造監督「巨人と玩具(1958)」の好色なカメラマン、増村保造監督「華岡青洲の妻(1967)」の江戸時代の医者が印象深い。「したたかな獣」では、無職の退役軍人を演じる。商売に失敗し、晴海団地の狭い部屋に住んでいるが、狡知をめぐらし、娘と息子に悪どい稼ぎをやらせている。しかし、剛然と家族を支配しているわけではなく、娘と息子に面罵されたりもしている。そんな子供たちだからこそ、危ない橋を平気で渡れるのではあるが。妻(山岡久乃)だけが、少なくとも表面上は、夫をたてている。

 高松英郎は、颯爽としたやり手ビジネスマンだ。増村保造監督「巨人と玩具(1958)」では、製菓会社の広告部長、増村保造監督「黒の試走車(1962)」では自動車会社の企画部長。競合会社との熾烈な競争を死に物狂いで戦う管理職を演じた。しかし高松は、ビジネスに勝利できない。意外にわきが甘く、詰めが甘いのだ。若尾文子が簡単に手に入れば、油断してしまう気持ちはよく判るが。

 山茶花究は、昭和初期に、浅草の喜劇芸人としてキャリアをスタートし、「あきれたぼういず」の一員として活躍した。多くの映画に助演し、嫌味でガメつい男を演じた。増村保造監督「巨人と玩具(1958)」では、製菓会社の取締役、小津安二郎監督「小早川家の秋(1961)」では造り酒屋の番頭を演じた。「しとやかな獣」の小説家は、あまりガメつくは見えない。むしろ、落ち着いた紳士の風情すらある。しかし、腹の底では、金と女に目がない男であることは、山茶花の所作から容易に読み取れる。

川島雄三の露悪主義

 川島雄三は、破滅的な生活を続けた。生涯結婚もせず、毎晩大枚をはたいて飲み歩き、一時期は決まった家さえ持っていなかった。穏当な常識に逆らい続けることを自らに課し、露悪主義を徹底したのだ。当時の巨匠監督のように、芸術家として真摯に作品に向き合うこともせず、お仕着せの企画を量産したが、キャリア中数本だけ、自身の思想を刻みこんだ作品を残したのだ。

しかし、登場人物の全員が、ここまで浅ましさを露呈する映画も珍しい。「ものごとをむき出しにしてはいけません」と、山岡久乃が川畑愛光を窘めるシーンがある。川畑は、両親や世間がベールに隠している真相を、露悪的に罵ってばかりいるのだ。この映画で山岡だけが、ものごとをむき出しにせず、建前に沿った発言をする。しかし、その言動からは山岡も、人の誠実さなど全く信用していないことは、容易に読み取れる。

 川島雄三は、体裁をつくろった建前の言動を嫌悪している。ならば人は、本音でぶつかりあい、傷つけ合えばいい。そうしたコミュニケーションから、本当の人間関係が産まれるのではないか?

 否! そんな人間関係など、目障りなだけだ!

ABOUT THE AUTHOR

佐々木 隆行
佐々木隆行(ささきたかゆき)

1969年生まれ。広島県出身。青山学院大学中退。IT企業勤務。
最初の映画体験は「東映まんがまつり」。仮面ライダーがヒーローだった。ある年、今回は「東宝チャンピオンまつり」に行こうと一旦は決意したものの、広島宝塚へ歩く途中に建っていた広島東映「東映まんがまつり」の楽し気な看板を裏切ることが出来なかったことを痛切に覚えている。

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