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増村保造監督 「『女の小箱』より 夫が見た」 1964 レビュー ネタバレあり

増村保造監督 「『女の小箱』より 夫が見た」 1964 レビュー ネタバレあり

あらすじ

川代誠造は、敷島化工の株式課長だ。今、株の買占めに悩まされる敷島は、その防衛に必死で、川代も家をあける事もしばしば。妻の那美子はそんな夫との生活に耐えられず、友人に誘われるまま、バー「2・3」で遊ぶようになった。バーの経営者石塚健一郎は事業欲が旺盛で敷島の乗取りを企てるつわもの。石塚は郡美子が川代の妻と承知の上で誘惑した。石塚は、美人秘書エミやバーのマダム洋子とも関係している。一方誠造も石塚の情報を得るためエミと関係した。株の買占めに洋子は、何かと手をつくしていた。那美子が誠造の情事を知った直後、エミは何者かによって殺害された。犯人は誠造であるとみなされた。那美子は一度は夫のアリバイ造りに偽証したものの石塚の苦境を知り、夫を裏ぎり石塚のアリバイを証言した。全てに失敗し会社の地位をも失った誠造は、那美子に身体を売って石塚に株の買占めから手をひくよう懇願してくれとたのんだ。意を決した那美は石塚との情事にふけった。石塚は株の代金二百万を、洋子との手切れ金にし、那美子との新しい生活に入ろうとした。が、那美子が洋子の家でみたのは石塚の冷たいなきがらであった。


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増村保造は、助監督として大映に入社後、母校の東大哲学科に再入学し、更にはイタリアに留学してヴィスコンティやフェリーニに師事している。会社に所属しながら、たっぷりと勉強させてもらっているのだから、大いに期待されたかなりの秀才だったのだろう。

 33歳で監督に昇進し、全盛期を迎えていた日本映画界にて、順調にフィルモグラフィーを重ねている。評価の高い作品も多いが、大ヒット作や著名な映画賞の受賞などはない。20代のほとんどの時期に会社が投資した人材の成果としては、少しさびしいといえるかもしれない。

 映画界の斜陽とともにテレビに活躍の場を移し、大映テレビ作品では高視聴率を稼いだ。
「スチュワーデス物語」での堀ちえみや片平なぎさの感情過多で大げさな演技は、当時でも嘲笑の的となっていたが、人気も高く、現在でも多くの人に記憶されている。

 しかし、「スチュワーデス物語」の様式美ともいえる情念の露出は、増村のもっとも大切とする演出方法であり、その源流はイタリア留学時代に遡る。
 




 『私がヨーロッパへ行ったとき、はじめて「人間」を見た。妥協や集合の代りに、孤独と純粋さが溢れている世界であった。愛は、そんな孤独で純粋な人間の結合、二つの肉体と精神の結合以外の何ものでもなかった。愛は「関係」などという抽象的なものではない。肉体によって成り立つ、実在のものである。相手の生々しい裸の肉体を噛み、抱きしめることによってのみ、充足されるものなのである』

 増村の著作から、少し長いが引用した。なにしろ『はじめて「人間」を見た。』のである。共同体のなかで、陰湿に忖度しあいながら、個性なく、現状維持のために生きる日本人は「人間」ではない。欲望に忠実に生き、傲慢に自己主張しては言い争い、濃密な愛欲を貪り合うイタリア人こそが本当の「人間」なのだ。

 帰国した増村は、そんな「人間」像を作品化することに、大きな喜びを感じたとも述べている。

 その一つの到達点が「『女の小箱』より 夫が見た」である。ここには確かに「人間」が蠢いている。抑圧されていた欲望が迸るさまが描かれている。しかし、このむせ返るような情感のぶつけあいは、どっぷりと観客を疲れさせる。これでは大ヒットもしないし、賞ももらえない。
 多くの増村作品の女神でもある若尾文子は、あまり表情を崩さない。「少し酔ったみたい。」「どうしようもなく愛してるの。」「あなたと一緒だったら死んでもいいわ。」「私、ちっとも後悔していないの。」「30歳近くになって初めての恋なの。」一言一句この通りではないが、まあそんな戯言をほざき続けている。だけども化粧はばっちり、表情も真顔だ。

 クラウディア・カルディナーレや、ソフィア・ローレンは、成熟しきった女だったはずだが、若尾はそうではない。永遠に23歳でいたいかに見える現代の日本女性に比べても、幼いし、無防備だ。精神的にも決して強くない。

 若尾文子の日本古風ないでたちと、不似合いな感情過多なセリフ群。このポイントを軸にして、男どもが無様に落ちぶれていく。

 川崎敬三は、若尾の夫であり、大企業の課長である。権威主義と利己主義を見事なまでに貫いている男であり、出世のことしか頭にない。妻に対して、女は仕事のための道具でしかない、と虚勢を張り、バーのホステスもだましている。

 田宮二郎は、ナイトクラブを経営している若き実業家で、川崎の会社を買収しようと目論んでいる。田宮は、川崎が保管している株主リストを入手するために若尾に近づき、手練手管で若尾を口説く。田宮もまた、女は仕事の道具としか考えていない男であり、会社乗っ取りの目的のために若尾をものにする。

 田宮も川崎もここまでは、調子いい。ときは1960年代。高度経済成長期真っただ中の日本で、立場は違えど、金と地位を求めるエコノミックアニマルに徹している。

 まず調子を崩したのは田宮だ。あんなにクールに世の中を舐めていたはずなのに、「奥さんが好きになった」とかほざきだす。挙句の果てに「会社買収は、もうやめた。貴方のほうが大事なんだ」だと。

 当然、川崎も、田宮と若尾の関係に気づく。そこからは、もうほとんど駄々っ子。妻を恫喝したり、哀願したり。田宮の野望を防げなかった咎で、上司からも詰問され、降格の憂き目にあう。

 川崎は見た目にも冴えない男であり、もともと夫婦に恋愛感情は薄い。会社の地位と美しい妻を保有することで承認欲求をぎりぎり満たしている姿勢は、若尾の不倫前後で特に変化してはいない。もともと精神的に自立していない男が、小器用に振舞ってはきたが、会社と妻を一機に失う危機に瀕しうろたえる姿は、映画的には微笑ましいともいえる。カルト的な観客は、川崎のうろたえぶりと、少し状況が好転すると急に傲慢さを取り戻す節操のなさを爆笑して愉しんでいるらしい。

 許せないのは田宮だ。長身で端正な顔立ち。若くして夜の世界でのし上がり、金をつかんだ男。ちょっとした仕草や言葉の言い回しが、かなりキザだが様になっている。この調子だと、無能な重役たちしかいない川崎の会社など、手玉にとってしまいそうだ。田宮が社長に納まった後の川崎の媚びへつらいぶりが容易に想像できる。

 それが、「奥さんが好きになった」って。そりゃ、若尾も川崎より田宮のほうがいいに決まっている。しかし、若尾と田宮の凡庸な恋の逃避行は、彼らを遥かに凌駕する情念を持った岸田今日子に破滅させられる。

 岸田は、田宮の店の雇われマダムだが、当然のように田宮と関係もしている。岸田の情念は、「好きになった」などという生易しいものではなく、「or Die」である。むしろ死ぬこと、殺すことに愛の成就があるのだ。岸田は田宮を殺し、若尾に看取られて田宮は死ぬ。

 ここで私は増村に問いたい。日本女性特有の幼さを残した若尾の愛情や、非情に徹しきれず、爽やかな青年の率直さを残した田宮の男気など、イタリア基準でいうと落第であり、岸田のように死を賭すのが、真に孤独で純粋な「人間」なのか、と。

 亡き増村からの回答はないので、自問自答してみる。そうではないのだろう。岸田のような悲劇的な女は、古今東西、演劇の定番人格であり、田宮のようなプレイボーイもどきも、何処にでもいる。川崎のような幼稚な権威主義者は、ダメな日本人の縮図だ。

 やはり、若尾こそが、新しい孤独の像なのだ。

 ここで、増村+若尾の諸作をひも解いてみる。「氾濫(59)」では川崎敬三の人でなしぶりが、本作以上に炸裂しており、若尾はこの時点では川崎に完全に弄ばれていた。「妻は告白する(61)」では、年下の川口浩に付きまとい、性的な女の情念を持て余した挙句、自爆した。「卍(64)」では年上の岸田今日子をレズビアンに引き込んだだけでなく、夫の船越英二も加えた三角関係を支配し、二人を愛欲の彼岸にまで追い込んだ。「華岡青洲の妻(67)」は、高峰秀子との鬼気迫る嫁姑バトルだったが、そんなことを左程気にしない市川雷蔵が一枚上手だった。

 約10年ばかりのコラボレーションを俯瞰してみると、常に孤独である、または孤独であろうとしていることが分かる。諸作での様々な「人間」との精神的闘いは、苛烈であるが、若尾は決して「夫」や「家族」や「組織」に寄り掛かろうとしてはいない。とにかく、自らの個を信頼するしかない、と小さく念じている。

 「小さく念じている。」ところがまさに日本的ではあるが、イタリア人にはなれない日本人が、日本人なりに孤独と純粋な「人間」になろうとする葛藤を若尾文子に体現させるために、この方法論はじんわりと効力を発揮するように思える。諸作では、かなり異なるバリエーションでこの方法論を目指している。こんなテーマでは、到底映画をヒットさせることはできないが、映画史上に異彩を放つ、奇才の試みと到達点だったことは間違いない。

ABOUT THE AUTHOR

佐々木 隆行
佐々木隆行(ささきたかゆき)

1969年生まれ。広島県出身。青山学院大学中退。IT企業勤務。
最初の映画体験は「東映まんがまつり」。仮面ライダーがヒーローだった。ある年、今回は「東宝チャンピオンまつり」に行こうと一旦は決意したものの、広島宝塚へ歩く途中に建っていた広島東映「東映まんがまつり」の楽し気な看板を裏切ることが出来なかったことを痛切に覚えている。

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